もしバルトネラを殺さなければ…kill Bartonella or die.

“Kill Bartonella or Die.”

先日のバルトネラ症のブログ(2024/10/8)でDr. Klinghardtのフレーズ、“kill Bartonella or die”「バルトネラを殺さなければ死ぬしかない」に触れました。バルトネラ症はダニやシラミなどが移す、バルトネラ菌による感染症です。慢性疲労や様々な体調不良を起こします。Dr Klinghardtは慢性ライム病の大家で、知徳も兼ね備えた多くの尊敬を集める方です。今回はこの大胆な発言を深掘りしてみたいと思います。

先生の発言は、バルトネラ菌の持続感染が深刻な健康問題を引き起こし、未治療や治療の遅れが生死にかかわることもあると示唆しています。

「バルトネラを殺さなければ死ぬしかない」を如実に体現したナポレオンを紹介したいと思います。200年以上前のフランスで皇帝まで上り詰めた、時の権力者ナポレオンです。彼は勝ち戦続きでしたが、大軍率いたロシア遠征が敗戦に終わってしまいました。ロシア遠征の敗因はフランス軍兵士たちにバルトネラ菌が蔓延したことが関係しているそうです。バルトネラのせいで兵士たちの士気は下がり、戦闘力、免疫力、体力も落ちたはずです。ロシア遠征の失敗を機にナポレオンは権力の座からひきずりおろされ離れ島へ流されます。バルトネラ菌は、ナポレオンほどの戦将でも人生の烙印を押されてしまうきっかけになりうるのです。

バルトネラを殺さなければ死ぬしかないとさえ言われる所以は、治しにくいからです。なぜかを分析してみましょう。

バルトネラ感染症の難しさを示す要因

(1)慢性化と持続感染

バルトネラ菌は、感染初期の急性症状が治まった後も、持続的な感染状態になり、慢性化します。特に免疫が弱っている患者さんや炎症性の他の要因がある場合、標準的な治療では根絶が難しくなります。


(2)バイオフィルム

バイオフィルムは細菌が集団で形成する粘着性のあるマトリックスです。バルトネラ菌のバイオフィルムは特に強靭で、その中で休眠状態になり、抗生物質や免疫系の攻撃から身を守り、感染の長期化が可能になります。バルトネラ菌がバイオフィルムを形成しやすい重要部位をまとめます。

血管内皮細胞のバイオフィルム
  • 血管内皮細胞は、バルトネラ菌が好んで侵入する場所です。
  • バルトネラ菌は血管内皮細胞内でバイオフィルムを形成し、その中に長期間生存することで免疫から隠れます。血管炎や慢性炎症を引き起こす一因となります。
心臓弁のバイオフィルム
  • 感染性心内膜炎(infective endocarditis)では、バルトネラ菌が心臓弁にバイオフィルムを形成し、血栓性病変を引き起こします。
  • 特に心臓弁がすでに損傷している患者ではリスクが高くなります。
中枢神経系のバイオフィルム
  • バルトネラ菌は神経系にも感染し、神経炎症や精神的な症状(うつ、不安)を引き起こすことがあります。
  • グリア細胞や脳の血管周囲でバイオフィルム形成が起こる可能性があり、慢性の神経症状につながります。
皮膚および皮下組織
  • バルトネラ感染は、皮膚の血管病変や発疹として現れることがあります。これらの病変内でバイオフィルムを形成することで、感染が長期化することがあります。
  • 特に免疫力が低下した人に起こりやすいとされています。
リンパ系のバイオフィルム
  • バルトネラ菌は骨髄やリンパ節に潜伏し、そこでバイオフィルムを形成することが推測されています。
  • これにより、慢性的な全身症状(疲労、発熱、関節痛など)や、免疫の乱れが生じます。バルトネラ菌は、感染の初期段階でリンパ系に侵入し、リンパ節腫脹(リンパ節の腫れ)や化膿(膿瘍)を起こすこともあります。
  • こうした腫脹は、感染から数週間続くことがあり、リンパ節内でバイオフィルムが形成されていると、慢性化しやすくなります。
  • リンパ節は免疫細胞(マクロファージ、樹状細胞、T細胞)が集中するため、バルトネラ菌が免疫応答から逃れるための隠れ家となりやすいです。
  • さらに、リンパ節は低酸素状態になりやすい場所があるため、バルトネラ菌がその環境に適応し、バイオフィルムを形成しやすくなります。
  • リンパ節内のバルトネラ菌が他の部位へ波及し、再発や全身症状(疲労、微熱、関節痛など)を引き起こす原因になります。
肝臓のバイオフィルム
  •  バルトネラ感染では、肝臓における病変として肝紫斑病(肝ペリオーシス)、脂肪肝、肝膿瘍や肝肉芽腫が報告されており、これらの病変は菌がバイオフィルムを形成し、慢性化する可能性を示唆します。特に、免疫が低下している患者では、肝機能が悪化する傾向があります。

(3)複雑な症状

バルトネラ菌は、神経系や血管系に影響を与えるため、神経症状や慢性疲労、心血管系の問題、精神的な問題など、非常に幅広い症状を引き起こすことがあります。これが診断を難しくし、誤診や治療の遅れにつながります。
慢性化や再発の症状には、発熱、疲労、リンパ節腫脹、神経症状、皮膚症状などがあります。

(4)休眠状態

バルトネラ菌が休眠状態に入ると、抗生物質に対する感受性が著しく低下するため、治療が難しくなります。この状態では細菌は代謝が低下し、増殖が止まるため、ほとんどの抗生剤(例えばマクロライド系などの抗菌剤)が効きません。

(5)ステルス感染

バルトネラのステルス感染(隠れた感染)は、その病原体が宿主の免疫系を回避し、長期間にわたって持続的な感染を維持する能力を指します。ステルス感染の特徴は、バルトネラ菌が体内で「隠れた」状態で存在し、通常の免疫応答や抗生物質治療によって容易には排除されないことです。隠れる部位については「あっぱれ!」です。血管の壁に沿って隠れたり、免疫細胞の中にも潜みます。上記のバイオフィルムが見つかる場所はバルトネラが感染する場所です。ステルス感染の本質含め詳細は先般のバルトネラのブログで紹介しているので参照してください。

(6)遅い増殖速度

バルトネラ菌の増殖速度は、分裂時間が平均24時間と非常に遅いことが特徴です。増殖速度が遅い細菌は、免疫システムが攻撃しにくくなります。抗生物質は通常細菌の増殖の過程に作用するため、増殖の遅い細菌には効果が弱くなるのです。バルトネラ菌はゆっくり拡がるので、ヒトの体内で生き延びやすいです。

(7)免疫系の回避戦略

バルトネラ菌はヒトの免疫攻撃を逃れる複数のメカニズムを持っています。例えば、免疫抑制性の分子を分泌して炎症を抑制したり、宿主細胞の表面に結合して免疫細胞からの攻撃を回避したりします。

また、バルトネラ菌は抗原変異を起こすことができます。菌の表面抗原を変化させることで、せっかく免疫系がバルトネラ菌を認識して攻撃準備を整えても、再び見逃してしまうことになります。ちなみにライム病の菌もこの手段によって免疫攻撃から逃れています。

(8)持続的な低レベルの炎症

バルトネラ菌は、持続的な低レベルの炎症を引き起こし続けることで、免疫系を慢性的に刺激します。その結果、免疫システムが「疲弊」して、後に甲状腺やリウマチや腎盂腎炎、ギランバレー症候群、紫斑病などの自己免疫疾患を引き起こすきっかけになることがあります。

まとめ


バルトネラ症はステルス感染法を得意として、バイオフィルムを張りめぐらせ、免疫から逃れ、休眠しながらも炎症を持続させるなど巧妙な手口を駆使し、ヒトの身体を乗っ取ります。単なる菌の感染症ではなく、生活や人間関係を破壊し、時に人生を破滅させることもありうる厄介な病気です。Dr. Klinghardtのメッセージはバルトネラ症の克服は人生の重要な課題だという指南です。根治のためには、バルトネラの特徴を理解し、抗生物質以外にも、ステルス感染対策、ライフスタイルの改善、精神面のサポート、免疫調整、抗炎症、休眠中のバルトネラ根治、解毒、補完療法を組み合わせて全方位アプローチをとりましょう。

バルトネラ菌との闘いは文字通りの意味での生存だけでなく、生活の質を取り戻すことでもあるのです。

参考文献

Dehio, C. (2008). Bartonella-host-cell interactions and vascular tumour formation. Nature Reviews Microbiology, 6(7), 530-539.
バルトネラ菌がどのようにして血管内皮細胞に感染し、そこでバイオフィルムを形成して持続的に感染を維持するかについて着目した文献。

Breitschwerdt, E. B., Maggi, R. G., Chomel, B. B., & Lappin, M. R. (2010). Bartonellosis: an emerging infectious disease of zoonotic importance to animals and human beings. Journal of Veterinary Emergency and Critical Care, 20(5), 518-531.
バルトネラ症の多様な症状について説明してあり、特に心内膜や神経系での感染とバイオフィルム形成の言及があります。

Harms, A., & Dehio, C. (2012). Intruders below the radar: molecular pathogenesis of Bartonella spp. Clinical Microbiology Reviews, 25(1), 42-78.
バルトネラ菌の病原性メカニズムと、免疫システムからの回避手段としてのバイオフィルムについて述べた文献。

Raoult D, Dutour O, Houhamdi L, Jankauskas R, Fournier PE, Ardagna Y, Drancourt M, Signoli M, La VD, Macia Y, Aboudharam G. Evidence for louse-transmitted diseases in soldiers of Napoleon’s Grand Army in Vilnius. J Infect Dis. 2006 Jan 1;193(1):112-20.
Mosby, K. E., et al. (2011). Bartonella and Biofilms: Implications for Chronic Infections. Trends in Microbiology, 19(4), 169-176.
バルトネラ菌のバイオフィルム形成の役割と、それが慢性感染の維持にどのように関与するかについて説明している文献です。

Zheng, X., Ma, X., Li, T. et al. Effect of different drugs and drug combinations on killing stationary phase and biofilms recovered cells of Bartonella henselae in vitro. BMC Microbiol 20, 87 (2020)
Guixue Xia, “Therapeutic strategies against bacterial biofilms,” Fundamental Research, Vol. 1, Issue 2, March 2021, pp. 193-212.
一般的なバイオフィルム対策将来の展望。バイオフィルム内部に入り込むためのナノ粒子開発や高濃度の薬剤使用やバイオフィルム破壊について議論しています。バルトネラに限ったテーマではないが、バイオフィルムの存在を無視できないことがわかります。

Singh, R., Paul, D., & Jain, R. K. (2006). Biofilms: implications in bioremediation. Trends in microbiology, 14(9), 389-397.

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