ライム病の仲間、バルトネラ症

バルトネラ_ウェルネスクリニック神楽坂

今日はバルトネラ症のおはなしです。バルトネラ症とは、ライム病と同じくダニやノミ、蚊などの節足動物がバルトネラ菌を媒介して感染する病気です。数十種以上の亜種がありますが、特にバルトネラ・ヘンセレ(Bartonella henselae)やバルトネラ・クインタナ(Bartonella quintana)という菌種がヒトに感染して全身さまざまな影響を及ぼします。ヒトにの身体の中では、リンパ球、マクロファージ、脳のミクログリア、赤血球、血管内皮細胞に入ります。

バルトネラといえば「ステルス感染」

バルトネラはステルス感染を特徴とする代表的な菌です。「ステルス」は敵の目を欺いて水面下で工作する、ステルス攻撃という戦争用語です。バルトネラ菌のステルスはヒトの免疫細胞や血管の壁にもぐり込み、身を隠す方法です。

通常、バイ菌というものはヒトに侵入すると免疫から総攻撃を受けて死滅するはずですが、バルトネラ菌は先手をうって血管の壁に沿って身を潜め、免疫細胞内にも入り、免疫細胞内では免疫破壊をします。つまりバルトネラ菌は免疫細胞の攻撃ターゲットになりにくくなリます。

血管の内側の壁を血管内皮細胞といいますが、そこは白血球のリンパ球やマクロファージなど免疫細胞が動員されて働く免疫地帯です。戦場で工作員が敵の戦車に入り込んで戦車を破壊し戦力を奪い、周囲の戦場一帯はすでに土壌汚染という世紀末な光景、がバルトネラの世界です。全身の血管の壁では持続性の炎症が起こります。ステルス感染のせいで発見が難しく、治すのが難しく、持続感染してヒトの免疫破壊をし続けます。

ライム病は難しい病気として知られています。しかし。バルトネラは治療困難さにおいてはライム病以上です。ライム病の原因ボレリア菌は細胞内やスキマに隠れながら免疫を混乱させます。一方バルトネラは免疫細胞の中に入り込んで免疫を内部から破壊します。免疫をだますのがライム病で、免疫を内部から破壊するのがバルトネラということです。

バルトネラの治療をすると治ったかのように見え、ある日再度ステルス攻撃を仕掛けてくることがあります。免疫を逃れながら休眠状態になっている時期があるのです。

ライム病やバルトネラ治療の権威のDr klinghardtがかつてバルトネラについて’’kill bartonella or die.’’ と教えてくれました。直訳は「バルトネラを殺せ、さもなければ死ぬ」です。バルトネラ症の治療の難しさと感染の怖さを示唆するものです。ですから、この先はバルトネラ克服のために、もう少しバルトネラについて深掘りしてみたいと思います。

バルトネラ菌が赤血球に侵入しようとしている瞬間
バルトネラ菌が赤血球に侵入しようとしている瞬間
出典Clin Microbiol Rev. 2012 Jan;25(1):42-78.

バルトネラ症とは?

バルトネラ症は、バルトネラ菌が主に猫のひっかき傷や咬み傷を介して人間に感染します。このため、「猫ひっかき病」とも呼ばれることがあります。猫との接触以外でも犬、ネズミ、リス、コウモリなど多くの動物が感染源になります。さらに、家ダニ、シラミ、ノミ、蚊、蜘蛛、アリ、南京虫などの節足動物が媒介することもあります。蜘蛛の巣まみれ、小動物が住み着いた古民家や蔵または生ごみのゴミ捨て場、雨漏りの建物、路上生活にも感染リスクがあります。バルトネラ菌は戦地で兵士がシラミ由来で感染することも多く、Trench fever 塹壕熱(ざんごうねつ)と呼ばれることもあります。ですからバルトネラ菌感染については、最近はバルトネラ症というのが一般的です。

症状

バルトネラ症の症状は全身にわたり、多種多様で、感染部位や感染者の免疫状態によって異なります。よくある症状としては、発熱(微熱も含む)、リンパ節の腫れ、疲労、頭痛、筋肉痛、関節痛などです。心臓、神経系、皮膚などほとんど全ての臓器に影響を及ぼすので多様な異常が見つかります。腹痛、黄疸、肝機能異常、肝紫斑病、線状の発疹、皮膚炎、隆起した赤紫色のいちご様の皮膚のイボ、動脈瘤、血管炎、心内膜炎、心筋炎、過敏症、光が眩しくなる、飛蚊症、視力低下、ぶどう膜炎、頭痛、短期記憶障害などです。重症な場合脳炎や脊髄炎になることがあります。

診断が難しいこと

診断の難しさの一因が、バルトネラ菌の得意なステルス感染です。この菌は体内で細胞内に隠れ、免疫異常を起こすので、従来の免疫抗体を測る血液検査や培養検査では検出されにくくなります。医師が臨床症状と病状の経過からバルトネラを疑うのがもちろん重要ですが、確定診断には遺伝子検査のPCRや血清検査を組み合わせたり、時期をずらした再検査をします。ライム病の治療手応えや改善スピードなどからもバルトネラの存在を検討することもあります。

誤診のリスク

バルトネラの症状は多くの他の病気でも見られるため、誤診されることがあります。例えば、ライム病やバベシア症などその他のダニ媒介感染症と混同されたり、膠原病や稀有な皮膚疾患、慢性疲労症候群、認知障害、副腎疲労や甲状腺異常などのホルモン異常、画像で異常が見つからない奇病と見なされたり、バルトネラ症が見落とされることがあります。適切な治療開始が遅れるうちに数年以上経過してしまいます。

バルトネラ症の診断が遅れると、病気が複雑に慢性化するリスクが高まります。バルトネラ菌は体内で長期間持続的に感染を続けることができ、慢性的な症状(例えば慢性疲労症候群や繰り返す神経学的症状など)を引き起こすだけではなく、カンジダ感染やdysbiosis (腸の細菌叢のアンバランス)、腐敗菌増殖やピロリ菌の再燃、ヘルペスや帯状疱疹など再発も合併しやすくなります。

 最終的にバルトネラ症診断に至った方の多くがドクターホッピングをしていたことが判明しています。ドクターホッピングとは、患者さんが自分の意味不明な症状の正しい診断を求めて複数の医療機関や医者を次々に試すことです。バルトネラ症の症状が多様で、他の病気と重複することが多いため、患者さんが数多くの医療機関や多様な診療科を訪ねてもなかなか正しい診断がなされないのです。ですから、バルトネラ症の診断がなされたらそれは幸運なことなので、即治療を開始しましょう。当院での経験では、初回検査でライム病だけが見つかり、ライム病の治療を始めてから免疫が改善したころ、2回目の検査でようやくバルトネラ菌の検査が陽性になるケースがあります。カビの感染が関与している際もバルトネラやライム病が初期の検査で見逃されやすいことがあります。

バルトネラ症の治療

バルトネラ症の治療は複雑です。抗生物質が使用されますが、バルトネラ菌が細胞内で増殖するため、治療には長期間の抗生物質投与が必要になります。ジョンスホプキンス大学の最近の研究では、バルトネラ菌の殺菌力について、合成薬から天然成分まで100パターン以上もの比較検証結果、最も効果的な薬剤はアジスロマイシン、リファンピン、メチレンブルーでした。バルトネラ菌はゆっくり繁殖するので薬の服用期間は1ヶ月以上になります。休薬期間を作り、後に抗生剤を再開するというパルス療法のやり方もあります。合成の抗菌薬と天然成分のハーブを組み合せすると薬の耐性ができにくくなり良い結果をもたらします。身体の細菌叢のバランスを崩さないようにするためプロバイオティクスも必須です。バルトネラ菌が形成するバイオフィルム(細菌の集団が形成する保護膜)除去も必須です。一般的に病原菌の形成するバイオフィルムというのは、菌が繁殖しやすくなるし、抗生剤などの治療も効きにくくなります。バルトネラは感染部位が個性的なだけあって、そのバイオフィルムは強靭で別格です。顕微鏡下で染色したバルトネラのバイオフィルムは、辺り一面細胞の外も中もネバネバした物体で覆い尽くしています。オゾン自己血療法やバイオフィルムを溶かす内服薬を活用します。メチレンブルーにもバイオフィルム除去作用があります。一部の天然ハーブ成分もバイオフィルム除去に効くと知られています。

そして免疫担当細胞を押さえられているため、免疫対策が必須です。バルトネラ症の治療は個々の症状、疾患のバックグラウンドや感染の重症度に応じたアプローチをとります。治療途上のダイオフ現象は、起こることが前提というスタンスで臨みます。ダイオフ現象があっても慌てず、落ち込まず、なるべく軽い反応で済むようにします。

バルトネラ症は身体全体にねちっこく広がり身体の部位を乗っ取るイメージの感染症です。的確な治療をすると治療経過とともに体調は著しく改善します。神経症状が顕著な場合や免疫機能が低下している患者さんには、多剤併用や点滴など薬剤の投与法の工夫が必要で、補助的な抗炎症対策や免疫療法を追加します。ここまで全方位で攻めてもバルトネラはステルス感染の強みを生かして隠れ続けることがあります。治療後の再発はありますが、その際は最初より感染量は減っていますので、治療を繰り返し完治に導きます。

バルトネラ症の予防

予防もしましょう。バルトネラ症の予防は、主に媒介動物(特にノミやダニ)との接触を避けることです。屋外活動時の防護や野宿をなるべく避けるなど、ペットのノミ対策、ペットの寝床ケア、羽毛布団のケア、ダニ対策、露出の多い服装を避け、服はなるべく薄い色を選ぶなどを日常的に心がけてみてください。薄い色の服なら虫がついてもすぐに見つかりますね。家についてはミニマリズムがお勧めです。ネズミや野良猫を避けたり、寝室に動物をいれない、ペットに口移しで食事を与えないなど、できることは色々あります。

まとめ

バルトネラ症は、多くの症状を引き起こし、診断と治療が難しく、kill bartonella or die の格言の通り、油断のならない病気です。ライム病と似た症状を呈することがあり、誤診されやすい点でも注意が必要です。よくあるのは、ライム病だけでなくバルトネラとライム病の混合感染です。バベシアとの混合感染もあります。もし、ご自身や家族が長引く体調不良や免疫関連の治らない病気に悩んでいる場合、もしかしたら隠れた感染症があるかもしれないと考えてみてもいいと思います。

参考文献

Balakrishnan, N., Ericson, M., Maggi, R. et al. Vasculitis, cerebral infarction and persistent Bartonella henselae infection in a child. Parasites Vectors 9, 254 (2016).
Rolain JM, Brouqui P, Koehler JE, Maguina C, Dolan MJ, Raoult D. Recommendations for treatment of human infections caused by Bartonella species. Antimicrob Agents Chemother. 2004 Jun;48(6):1921-33.
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