MCASのはなし

マスト細胞とヒスタミン_ウェルネスクリニック神楽坂


’MCAS(マスト細胞活性化症候群)は、体の中のマスト細胞という免疫細胞が必要以上に活発になり、体に悪影響を及ぼす状態のことです。’’

MCASが機能性医療の世界であらためて注目されています。MCASは以前から専門の研究者がいるクラシックな現象ですが、コロナ後遺症がきっかけでこの数年活発に議論されるようになりました。まずはMCASが何かを見ていきましょう。

MCASはmast cell activating syndromeの略で、マスト細胞活性化症候群のことです。マスト細胞のことを日本語で肥満細胞と訳すことがあります。肥満の話??のような混乱を招きがちですが、メタボの肥満とは関係ありません。マスト細胞が色々な物質を抱え込んでいるので着ぶくれのように太って見えるだけです。この記事ではマスト細胞と呼ぶことにします。

MCAS(マスト細胞活性化症候群)は、体の中にあるマスト細胞という免疫細胞が、必要以上に活発になり、体に悪影響を及ぼす状態を指します。発作的で破壊的な現象です。マスト細胞は本来、アレルギー反応や感染から体を守るために働きます。しかしMCASではわずかな刺激によって必要以上に活性化し、ヒスタミンや炎症性物質などの生理活性物質を大量に放出します。

そもそもマスト細胞とは?

免疫の仕事をしてくれる細胞はチームなのでメンバーがたくさんいます。その中でマスト細胞は、チームのための初動対応を担う「警備員」役です。普段は皮膚や粘膜(鼻、気道、腸など)、血管の周りに待機して、外部から侵入しようとする異物体や異常を監視しています。

マスト細胞の役割

外敵(アレルゲンや細菌など)に気づくと、警報を鳴らします。そのときマスト細胞は生理活性物質(ヒスタミンなどの顆粒)を放出して、免疫チーム全体に攻撃せよという合図を送ります。警備員がヒスタミンなどの物質を元々たくさんポケットに入れており、側から見るとポケット内がかさばって着ぶくれするのが肥満細胞と呼ばれる所以です。細胞の世界で音は出せません。マスト細胞のポケット内のたくさんの顆粒を放出することが警報の合図です。

免疫システムの連携プレー


マスト細胞が攻撃の合図を出すと、免疫界のメンバーはチームの連携プレイで次々に動きます。

→ 好中球・マクロファージ: 戦闘部隊として病原体を攻撃。

→リンパ球(T細胞、B細胞): 標的を特定し、抗体を作って記憶します。

→樹状細胞: 病原体の情報を収集して、免疫の司令塔(T細胞)に報告。

MCASにおける異常なマスト細胞の行動

通常は外敵(病原体)に反応するマスト細胞ですが、MCASの場合は誤作動が頻繁に起こります。つまり、敵がいないのに警報を誤作動し、結果的に過剰な反応となり、周りの組織や細胞にダメージを与えてしまう、これがMCASの実態です。誤作動は一度きりとは限らず、何度も繰り返すことがあります。免疫チームは間違った合図を頻繁に受け取るため混乱しパニックに陥り、全力で免疫守備(炎症性物質や生理活性物質の放出)をします。その結果、免疫チーム全体の能力を無駄に消耗してしまうのです。

MCASの現象というのは、一般的にアレルギー症状と聞いて連想するようなじんましんや鼻水とは限らず、全身様々な症状を伴います。しかも、今まで過敏症やアレルギーと縁がなかった人にも起こります。

  • 突然血圧が下がる。
  • 動悸
  • ヒスタミンが大量に出て赤み、かゆみやじんましんが出る。
  • 食事中に突如食事を受け付けなくなる、突然の過敏な反応、腹痛。
  • 突然室内で気分が悪くなる。
  • わずかなカビや埃にむせこんだり、頭痛、吐き気を催す。
  • 化粧品や石鹸の店などでめまいや頭痛が起こる。
  • 腸が刺激されて腹痛や下痢になる。吐き気。
  • 突発的で予測不可能な頭痛や腹痛が起こる。
  • 気管支炎や喘息のような息苦しい症状。
  • 頭痛、集中力の低下(いわゆるブレインフォグ)
  • 疲労、消耗

MCASが起こる理由

通常、マスト細胞は病原体などの異物体に対して適切に反応しますが、MCASの人では以下のようなささいな刺激でも強い反応が起こることがあります。

  • 特定の食品
  • 温度変化
  • 電磁波
  • 紫外線
  • ストレス(トラウマ)
  • 病原体
  • 病原体が産生した毒素(例えば菌毒素やカビの毒素)
  • 環境のカビ
  • 一部の薬
  • 粉塵や環境化学物質

MCASと日常生活

MCASは、人によって症状の重さやトリガーが異なり、診断や治療が難しいことがあります。最近は患者さんのほうから、ご自分がMCASかどうかを検査したいと相談されることがあります。けれどもMCASはマスト細胞がポケット内の持ち物をぶちまけるような瞬間的な反応です。急激な動きのヒスタミンや炎症性物質などの値を血液検査で測定するのは難しいです。たまたまMCASの発作中に出くわして検査ができたとしても、診断の根拠として信憑性があまりありません。MCASの診断は臨床診断がよいです。治療は診断的治療です。診断的治療とは、基礎疾患や環境因子の情報を元にMCASだろうとあたりをつけて、MCASを緩和するような対策をとる方法です。例えば、ヒスタミンを多く含む食品を避けるといった食事の調整や、抗ヒスタミン剤などのアレルギー用の薬で症状を多少和らげることもあります。

マスト細胞がなぜ誤作動するのか?

マスト細胞は警備員です。プロの警備員がそうそう侵入者を間違えるはずがないですね。なぜ誤作動で警報を鳴らすのでしょう?

ここがMCASにおいて最も重要なところです!MCASが起こるのは、警備員の周囲、つまり全身の粘膜や細胞周囲に侵入者と姿かたちが一部似ている物質が漂っているからです。これは専門用語で言うと、molecular mimicry(分子模倣)のことです。詳細は割愛しますが、分子模倣があると、マスト細胞は新しい外敵が入ってきたと勘違いするので警報を鳴らしてしまうのです。姿かたちが一部似ている物質というのが身辺に常に存在すると、警備員は警報を連打してしまいます。分子模倣というメカニズムは、免疫異常を起こすので、最終的に自己免疫異常に繋がります。自己免疫異常というのは、何が外敵かわからなくなり、自分で自分を攻撃してしまうことです。分子模倣物質が常に存在、というところはポイントです。ライム病の慢性の感染は特にMCASを起こしやすいことで知られています。ライム病は診断されるのに困難を極めることがあり、慢性化しています。ライム病の菌は分子模倣の代表的な菌として知られています。ライム病が診断に至りにくい理由は、アレルギー体質とか過敏症に躍起になっているからかもしれません。突発的な不調を訴えながら、疲労感と神経痛、そして自己免疫疾患も伴うと感染症の領域から遠ざかってしまうでしょう。ライム病は数多くある感染症の病気の中でも、特段MCASと縁があります。

マスト細胞とMCASのまとめ

マスト細胞の役割は、外敵を感知して、免疫システム全体を起動させる警備です。

マスト細胞が過剰に誤作動してしまうMCASの最大の問題は、誤作動によって不要な警報を出し続けて、体に負担をかけてしまうことです。警報が出る予測ができないことが制御不能で難しい反応と思われてしまっています。

MCASに取り組むために何をしたらいいのか?

マスト細胞(警備員)の行動を理解しましょう。マスト細胞のポケット内にはヒスタミンやその他の生理活性物質があります。MCASの発作時に抗ヒスタミン薬などを服用すると多少MCASが軽減することが期待できます。そのほか、抗炎症効果を有する、ケルセチンやルテオリンのある程度の効果が知られています。ヒスタミンを分解する酵素である、ジアミンオキシダーゼ(DAO)はヒスタミンを減らすという作用の部分で、ある程度の効果は期待できます。

中長期的にMCASを治したいならば、根本治療が必要です。マスト細胞が過活動してしまう環境から見直す視点が重要になります。コロナ後遺症を例にとると、身体に存在し続けるスパイク蛋白がマスト細胞を勘違いさせ、MCASが発症しやすくなります。ライム病であれば、慢性化して感染し続けているライム病の菌がマスト細胞を勘違いさせて警報を何度も鳴らさせます。SIBOという小腸の細菌増殖症や、dysbiosisという腸内細菌のアンバランスな状態の病原体もマスト細胞を勘違いさせる原因になることがあります。MCASの隠れた原因は全身の慢性的な不調とも関連しています。病原体以外でマスト細胞の周囲に常につきまとう因子として、豊胸などによるシリコンや歯の詰め物(アマルガムその他の金属の詰め物)などがあります。MCASの根本治療は結果的に全身の最適健康を取り戻すことにもつながることでしょう。

参考文献
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https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10113134/
世界で6500万人が罹っているコロナ後遺症(2023年の前半の統計)の病態生理を説明しながら、発症しやすい患者さんの基礎疾患をリストにした貴重な文献。組織の低酸素血症や慢性炎症、代謝異常、慢性炎症が起こるが、そのメカニズムとして血管内皮細胞の炎症、微小血栓、凝固異常、血栓性血管炎、異常活性血小板を指摘している。著者がまとめたコロナ後遺症になりやすい疾患グループは、MCAS(マスト細胞活性化症候群)、自己免疫疾患(橋本病、シェーグレン症候群、多発性硬化症など)、エーラスダンロス症候群、ライム病、慢性疲労症候群、線維筋痛症など。

Palmer RF, Dempsey TT, Afrin LB. Chemical Intolerance and Mast Cell Activation: A Suspicious Synchronicity. J Xenobiot. 2023 Nov 12;13(4):704-718. 
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10660865/

Thor DC, Suarez S. Corona With Lyme: A Long COVID Case Study. Cureus. 2023 Mar 24;15(3):e36624.  https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10122830/
ライム病を基礎疾患に持つ患者さんがコロナ後遺症になり、コロナ後遺症のための様々な治療の試みも全て無効。難治性のコロナ後遺症の原因にライム病の関与及び 脳の炎症の作用機序はMCAS(マスト細胞活性化症候群)が関与し症状が複雑化しているという内容の症例報告。

Afrin LB, Weinstock LB, Molderings GJ. Covid-19 hyperinflammation and post-Covid-19 illness may be rooted in mast cell activation syndrome. Int J Infect Dis. 2020 Nov;100:327-332. 
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7529115
MCAS(マスト細胞活性化症候群)は炎症とアレルギーの反応をベースにした身体の多機能不全と知られている。コロナのウイルス(SARS -CoV2)がそのトリガーになりマスト細胞を活性化し、さらにコロナ後遺症にもMCASの作用機序が関与することを議論している論文。

Shaik Y, Caraffa A, Ronconi G, Lessiani G, Conti P. Impact of polyphenols on mast cells with special emphasis on the effect of quercetin and luteolin. Cent Eur J Immunol. 2018;43(4):476-481. 
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6384425/
ポリフェノールのケルセチンとルテオリンがMCAS(マスト細胞活性化症候群)の症状軽減に効く作用機序をまとめた論文。

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