ライム病の治療の難しさについて

ライム病Lyme_ウェルネスクリニック神楽坂

ライム病の患者さんから「ライム病はいつ治るのか」、「治る病気なのか」とよく聞かれます。治療期間は個人差があり、早くて1〜2年、長ければもっとかかることもあります。専門家によると、多くのケースで治療は2〜3年以上必要です。

「治るのか」という質問には、答えはYESです。ライム病は不治の病ではありませんが、適切な戦略と治療が不可欠です。今回は、ライム病の治療がなぜ長期化するのか、そのメカニズムを説明します。

ライム病とは?

ライム病は、ボレリア・ブルグドルフェリ(Borrelia burgdorferi)という細菌によって引き起こされる感染症です。この細菌は主にシカダニに寄生しており、感染したダニに刺されることで人に感染します。症状は初期段階ではインフルエンザに似た症状や、特徴的な発疹を生じることがあります。適切な診断治療が遅れると、病気は進行し、ミトコンドリアレベル、脳、神経系、心臓、消化器系、関節、骨格筋など複数の器官に影響を及ぼします。

ライム病の治療に時間がかかる理由は主に3つに分けられます。
・ライム病の診断の遅れ
・持続感染
・混合感染

1.ライム病の診断の遅れ

ライム病は、複数の器官に感染するため、症状が多様で他の疾患と類似しており、ライム病診断のめくらましになります。例えばアレルギー、肩の痛み、不眠、腕のしびれ、お腹のガスのトラブル、ニキビがあれば、それぞれに対して診断、治療が施されるので、ライム病を疑う機会を失います。ライム病はしばしば誤診されたり、慢性的な段階になるまで診断されにくい所以です。いずれも適切な治療が遅れる原因となります。ライム病は治療開始が遅いほど、病態が複雑になり、関わる臓器や機能不全が拡がるので治療が難しくなります。

複数の臓器、器官への感染

ライム病は神経系、関節、心臓、皮膚など複数の器官に影響を及ぼすので、これが診断と治療を難しくします。

神経ボレリア症

慢性のボレリア感染が神経系に影響を及ぼすと、認知障害、うつ、頭痛、不眠、末梢神経障害、自律神経失調、髄膜炎、脊髄炎、神経棍症などの重篤で持続的な神経症状を引き起こします。整形外科、神経、精神に特化した治療になります。

誤診と治療遅延

まず、ダニに刺されたことをほとんどの患者さんは覚えていないということ、刺されてもほとんどのケースで特徴的な紅斑ができないことも事実です。診断の遅れは治療の遅れです。治療が遅れると、ボレリア菌は細胞内に侵入し、関節内、筋膜、靭帯、脳、リンパ節、皮膚軟部組織など広範囲に移動し、症状が紛らわしくなりなります。感染途上で免疫異常が絡んでくると治療をさらに困難にします。慢性疲労症候群や線維筋痛症と誤診され、原因不明で休息を取るだけになったり疼痛コントロール主体の治療になることがあります。または、自然療法系で行うようなビタミン治療や副腎疲労のためのホルモン補充療法や重金属の解毒治療(キレーション)を受けるといった、ライム病にかすりもしない治療を受けてなかなか改善しない方もいます。

幸運にも早期から治療を開始できたとしても治療が単なる抗生剤のみの場合、感染を完全に排除するには不十分です。バイオフィルム、バイオトキシン、ミトコンドリア修復、神経対策、免疫や炎症対策を含む全方位型の治療を要します。

2.ボレリア菌の持続性

ライム病の治療が難しい理由のふたつめは、ボレリア菌が持続的な感染をすることです。ボレリア菌は他の病原体よりも賢くて、ヒトの体に長く生存する術を持っています。

抗生物質の耐性

ボレリア菌は抗生物質が効きにくくなるような状態になることがあります。風船型に菌の形を変えたり、抗生剤が届きにくいニッチな隙間に隠れたり、遺伝子変異をするためです。標準的な抗生剤治療に耐えて生存し、感染状態を続けます。他の感染症を例に挙げると、結核菌は異なるメカニズムですが、菌が休眠状態に入ることがあり、長期間にわたる治療が必要となります。

バイオフィルム形成

ボレリア菌はバイオフィルムという、菌の表面の覆うバリアを自分で作ります。バイオフィルムは細菌を抗生物質や免疫システムから守る、菌の保身のためのよろいです。ボレリア菌が人間の細胞の老廃物や金属や血液など勝手に拾い集めてバイオフィルムの材料にします。感染が長引くほどバイオフィルムが強靭になります。バイオフィルム形成は他の細菌でも見られ、例えば、カンジダ菌や緑膿菌もバイオフィルムを形成し慢性感染します。しかし、ライム病のバイオフィルムは血液の塊(フィブリン)まで含んでおり、他の菌よりも手強い構造になっています。

免疫から逃れる能力

ボレリア菌は免疫から逃れる高度な手段を持っています。免疫のシステムというのは病原体が侵入してきたら直ちに攻撃して排除するようにできています。ところが、ボレリア菌は菌の表面蛋白を変えて免疫システムをだまし、感染の場所を特定しにくいようにします。免疫細胞たちはどこをピンポイントに攻撃したらよいのか混乱します。

免疫調節異常

感染後数ヶ月以上経過すると、慢性ライム病は免疫調節異常を引き起こします。慢性のライム病はほとんどが自己免疫異常のメカニズムが関与して、身体の多臓器、多器官に持続的な炎症反応を起こします。例えば股関節や膝関節といった大きな関節の炎症も起こりやすく、米国では未治療のライム病患者さんの6割に持続的または発作性の関節炎があると言われています。

治療後ライム病症候群(PTLDS: post treatment lyme disease syndrome)

PTLDSはライム病の最大の特徴の一つです。細菌を駆除した後も、菌が復活します。この現象は珍しいものではなく、多くの慢性ライム病の患者さんに起こります。治療後ライム病症候群はその名の通り、治療後完治と思いきや、疲労、関節痛などの症状が数ヶ月後に再燃します。

PTLDSのメカニズム (1) 免疫系の過剰反応と自己免疫反応

PTLDSのメカニズムを端的にいうと、免疫とゾンビ的復活です。ライム病の感染が免疫システムに関与します。ボレリア菌の慢性的な炎症反応や、免疫システムが誤って自己組織を攻撃するという自己免疫反応が起こるので、抗菌対策をしても症状がぶり返すことがあります。

PTLDSのメカニズム (2) ボレリア菌の持続性

ボレリア菌のDNAや抗原が体内に残存し続けたり、ゾンビのように復活することがあります。2014年のClinical Infectious Diseasesの研究では、治療後の患者からボレリア菌のDNAが検出されました。また、2019年の研究でも、ボレリア菌の抗原やDNAが長期間にわたり患者の組織に残存することが確認されています。ボレリア菌の死骸のDNAが読み込まれ、mRNAによってボレリア菌の遺伝子情報が転写、複製され、死骸から菌が再生されるという考察です。ライム治療後の検査では菌が検出されず、ダニとの接触がなかったにもかかわらず平均8ヶ月後DNA複製という研究報告があります。

PTLDSのメカニズム (3) ボレリア菌がニッチな隙間に隠れていて、周期的に活性化すること

上記の重複になりますが、顎関節や歯根管やリンパや大関節などマクロの部位で一定期間無症状で休眠状態になっていることもあり、風船型に変身して何を逃れたり、細胞膜の隙間に隠れていたりしたところ、周期的に活性化するので、患者側は再発だと自覚します。再発が繰り返されるので持続的に感染していると認識されます。

ライム病の菌の持続性を克服するにはライム病の治療の途中から免疫調整を導入します。また、ライム病の菌の復活のPTLDSメカニズムの裏をかき、菌の復活前から抗菌と免疫で待ち構えるといった手段を取ります。

3.混合感染

慢性ライム病の患者の多くは、バベシア、バルトネラ、アナプラズマなど、マダニが媒介する他の病原体にも感染しています。その他虫が関与しないカンジダ菌、マイコプラズマ、寄生虫、ピロリ菌などもライム病の患者さんが感染していることがあります。これらの混合感染は、慢性化するのが共通点で、臨床症状を複雑にし、治療をより困難にします。バベシアやバルトネラは単体でも治療困難ですが、ライムのボレリア菌と同時に感染すると、バベシアやバルトネラがボレリア菌を保護するような作用をもたらします。イメージとしてはボレリア菌がマフィアの親分で、バベシア、バルトネラなどが子分たちで、ボスに敵が近づかないように守っているような図です。ライム病にとっては、バベシア原虫がいてくれると自分の存続が安泰です。各病原体には感染する部位がボレリア菌と異なり、症状も治療のアプローチも薬剤も異なり、治療は複雑で長期戦になります。さらにカンジダやアスペルギルス菌などのカビが絡んで、カビとライム病の混合感染の場合、ライム病の治療は困難を極めます。言うに及ばず、ライム、バベシア、アナプラズマ、バルトネラ、かびが同時に感染している患者さんは最強です。ライム病の治療の障壁となりうる全部の病原体をまずテーブルに並べ、合理的な包括治療プランを立てます。

まとめ

ライム病の治療は容易ではありません。しかしスマートに早期回復することは可能です。ライムの多様な症状を後追いをするのではなくて上記3つの特徴を踏まえた対策を講じるのが成功への近道です。

参考文献

Ścieszka J, Dąbek J, Cieślik P. Post-Lyme disease syndrome. Reumatologia. 2015;53(1):46-8.
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