今回はライム病が神経を侵す、神経ボレリア症に関するお話です。神経ボレリア症は頭痛、めまい、しびれ、耳鳴りなど神経関連のさまざまな症状を含みます。神経ボレリア症の症状の中には筋肉が勝手に細かくピクピクと動くけいれんもあります。
ライム病は診断に至るまでが難しいこともあり、患者さんたちは様々な苦い経験を経て遠回りしてしまうことがあります。不随意の筋肉のけいれん(線維束性収縮)にまつわる一例を挙げてみましょう。筋肉がぴくぴくと動き、心配なので病院を受診します。検査では特に異常が見つからず、診断がつかないまま筋肉をほぐす薬やけいれんを止める薬など処方されます。それでも改善しないことを再度診察で訴えます。すると、この段階で医者からは原因不明で異常は見つからないのだから、精神科に相談した方がよいと提案されるそうです。医者をからかっているのかなどと叱責されることもあれば、挙句におはらいに行ったらどうかなどといったような経験です。
ライム病は症状が300種類以上もあり、複数の臓器、器官に感染が起こる病気です。慢性化すると菌が細胞の中に入り、ミトコンドリアを壊し、病態が複雑になります。吐き気、腹痛、関節が痛くて歩けない、目の奥が激痛、目が見えない、夜中に発汗、突発的に体の奥で鋭い痛みを感じる、痛みやけいれんの部位が膀胱かと思えばふくらはぎから舌に移動したりしびれがあり、同時に光線過敏や化学物質過敏を訴えることもあります。患者さんはこれだけ異変が起こっているのだから自分は精神を病んでいるのだと妙に納得することもあります。精神科からの睡眠薬や安定剤や向精神薬が年々増えるもけいれんや神経症状は良くならずじまい、このような患者さんが周りまわって実は慢性化したライム病だった、ということがよくあります。
筋肉が勝手にぴくぴく動く、線維束性収縮とは?
線維束性収縮とは、筋肉の小さな部分が自分の意思とは関係なく動くことです。これはライム病の症状の一つです。なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
神経ボレリア症
ライム病の原因となるボレリア菌は、手足などの露出部位にマダニなどの虫に刺された後、2週間程度で脳まで到達します。ボレリア菌は脳をターゲットにして移動します。ボレリア菌が神経に感染するという、「神経ボレリア症」という状態で、神経に炎症や損傷をもたらします。その結果、筋肉が不随意にピクピクと動くことになります。
神経への直接感染
ボレリア菌は神経に侵入し、炎症と傷害を起こします。このため、運動神経が過剰に刺激され、筋肉がけいれんすることがあります。長期化するとボレリア菌由来の老廃物やバイオフィルムなどが脳内に蓄積します。脳内に蓄積する異物体も炎症を持続させます。
ライム病のけいれんが生じる主なメカニズムは、神経毒の蓄積、神経のダメージです。神経のダメージが起こると、さらに神経の中のミトコンドリアのダメージが起こり、代謝異常となり電解質バランスが崩れます。順に見ていきましょう。
神経毒の作用
ボレリア菌は神経に悪影響を与える、神経毒という物質を産生します。前述のボレリア菌の老廃物やバイオフィルムも神経毒です。ボレリア菌は脳が好きなので、脳に到達したらそのまま居座ります。神経細胞とその周りのグリア細胞に思う存分炎症を起こし、脳内は常に異常興奮の状態になります。ですから不眠や頭痛も伴います。
- 神経毒 ボレリア菌が作り出す毒素が神経に影響を与え、筋肉が不随意にけいれんします。
- 代謝副産物の蓄積 慢性的な感染や炎症により、神経に毒素が溜まり、これが筋肉のけいれんを引き起こします。
- 「血液脳関門」 神経毒は脳を守るためのバリア、「血液脳関門」を破壊します。一旦破壊されると水銀や鉛などといった有害物質が脳に入りやすくなり、炎症を起こす物質が脳内に増え、神経損傷が加速します。
- 自己免疫異常 ライム病が慢性化すると免疫システムが誤作動を生じます。自己免疫の異常というのは、自分の免疫システムが間違えて自分の体の一部を攻撃することです。免疫の誤作動のせいで正常な神経が壊れてしまいます。
神経のダメージ
軸索損傷と脱髄 ボレリア菌が神経の軸(軸索といいます)の保護層(ミエリン鞘)を破壊します。神経の軸に何層にも巻き付いているのがミエリン鞘です。ミエリン鞘はソーセージがたくさんつながったような形していてソーセージの部分の何層もの巻きが厚みを作っています。ソーセージの肉のないくびれている部分(ランビエの絞輪)だけ、神経情報がポンポン飛び情報伝達が行われます。(医学用語では跳躍伝導です。) ボレリア菌の神経毒はミエリン鞘を破壊します。ミエリン鞘の傷害や破壊された状態を脱髄といいます。脱髄は電気のコードが壊れて電線がむき出しになったような状態です。ライム病で脱髄が起こり、神経の情報伝達異常、つまり神経信号がうまく伝わらず、筋肉がけいれんします。脳の瞬発力、思考力、記憶力低下にも影響します。
神経の再生 損傷した神経が再生する過程で、サイトカインなどの不規則な信号が発生し、筋肉がけいれんします。慢性化またはボレリア菌の感染量が多いと脳のグリア細胞部分の炎症が時間の経過とともに増大します。神経再生のための神経幹細胞や成長因子の妨げになり、神経再生ができなくなります。
電解質のバランスと代謝異常
持続的な炎症や免疫異常と神経毒が電解質の代謝異常を起こします。ライム病の菌がミトコンドリアの機能不全を起こして代謝異常をもたらすので、体内の電解質バランスが崩れ、いずれ糖代謝異常や脂質代謝異常も伴うことがあります。カルシウム、カリウム、ナトリウム、マグネシウムなどの電解質は神経の正常な働きに不可欠です。これらのバランス異常のせいで、神経が過剰に刺激され、筋肉のけいれんを起こします。
不随意の筋肉のけいれんを起こす原因はライム病だけではなく、例えば薬物中毒、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ビタミンB12不足、マグネシウム不足などあります。しかし、ライム病ほどけいれん以外の全身の激しい症状を伴うものはありません。ライム病を普段から診ていない医者にとっては摩訶不思議な患者さんに見えるかもしれません。とはいえ、けいれんという一つの症状を切り取って物事を考えるのではなく、一人の患者さんの全身の異変について、さまざまな機能異常を大局的に捉えてみればライム病を疑うところまでたどり着くことはできます。
ライム病の筋肉の不随意けいれんは、ボレリア菌が神経に直接およぼす影響、神経毒の蓄積、追加的な有害物質、免疫反応など、さまざまなメカニズムによって生じます。電解質バランスの補正、免疫調整、脳の抗炎症、ボレリア菌の抗菌、バイオフィルム対策、神経毒の除去、血液脳関門の修復、神経再生、腸内環境改善(腸脳相関のため)など多角的なアプローチで治します。
ライム病の治療に ‘’お祓い‘’という選択肢はありません。
参考文献
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